80年代:ロック 80年代少年



て:デュラン・デュラン【でゅらんでゅらん】

80年代洋楽、大英帝国の侵略(ブリティッシュ・インヴェイジョン)の雄、デュランデュラン、Duran Duranです。

双璧にあたるカルチャークラブが、ボーイジョージのある種ギミックなルックに目が行きがち(音楽そのものはニューロマンティックバリバリですばらしい)に対して、デュランデュランは端正なルックで日本でも売れました。邦楽でも各種のフォロアーが発生しましたね。

特にMTVがかっこよく、洋楽を映像で見る、聴く、というアクションの走りでした。



posted by yoshi at 21:59 | 80年代:ロック

た:たんつぼ小僧【たんつぼこぞう】

スネークマンショーで語られたマボロシのコント、たんつぼ小僧。

とある駅のホームに夜な夜な現れる「たんつぼ小僧」ちゅるちゅるちゅる〜。いやあ、笑ったなぁ。

今となっては国鉄はJRとなり、営団地下鉄は東京メトロとなり、もちろん「たんつぼ」なるものも世の中から抹殺され。。「たんつぼ」(および「たんつぼ」に象徴されるダーティーなもの)の喪失が、戦後の終焉だったのかも知れない。

ほら、そんな貴方の後ろに、たんつぼ小僧。じゅ〜るじゅるじゅる〜。詳細は某チューブに音源があると思います。正式には、こちらの「海賊版」に入ってます。


posted by yoshi at 19:45 | 80年代:ロック

お:尾崎豊【おざき・ゆたか】

尾崎豊さんについては、あまり多くを語れません。熱狂的なファンの方もたくさんいらっしゃいますし。。

でも、80年代の後半、本当にリアルタイムで尾崎の曲を聴きました。能動的に、つまりはCDを購入したりしなくても、ラジオの深夜放送や友達の家のラジカセから聴こえてきました。中学の同級生は、別の高校に進んだのですが、そいつの高校の卒業式では尾崎の「卒業」を歌ったよ、なんて時代でした。

繊細な歌詞とストレートなロック、あるいは良質のバラード。いい曲、多かったよな。でも、それでもあんなにセンシティブに曲作りをして、倒れるまで歌って、って苦しかったんだろうな、って訃報を聞いたとき思いました。

サラリーマンになり、会社のつきあいでカラオケボックスにも行くようになり。。でも、尾崎の歌は、なんだかネクタイしめて歌っちゃだめだよな〜と思い、選曲できませんでした。

今年の夏に大学のときの後輩とドライブする機会があり、そいつのカーステレオからは、今でも尾崎の曲が流れていました。

今から20年近く前、そいつの車からはいつも尾崎が流れていましたっけ。中古の(妙な色の)フェステイバ。カーステはもちろんカセットで、パワーウインドついてなかったと記憶しています。で、その車で夜の青梅街道を尾崎聴きながら走っていましたっけ。

今となっては、後輩の車にもCDがついてまして。でも、そこから流れる「DRIVING ALL NIGHT」を、「うぉ〜、俺らまだ歌詞覚えてるね〜」なんて言いながら、歌っちゃいました。

タグ:ロック
posted by yoshi at 15:18 | 80年代:ロック

い:EACH TIME【いーちたいむ】

大瀧詠一さまの1984年発売の名アルバムです。

大瀧さんは、70年代の「はっぴぃえんど」でもすごいことやっていますが、個人的には80年代初頭の「A LONG VACATION」(81年)と、この84年の「EACH TIME」が、しびれます。あ、もちろん、「ナイアガラ」も。

「ナイアガラ」が出た後、なかなか新しいアルバムが出なくって、待ちに待った作品が、この「EACH TIME」。えっと、当時のライナーノーツか、インタビュー記事で、こんなことをおっしゃいたのを記憶しています。雑誌「GORO」だったかなぁ。


〜例えば、ある唄のなかで、魔法使いの女の子が、窓をノックするって歌詞があるのだが、その「ノックの音」で、「杖だよなあ、じゃあ杖で窓をたたく音は、こんな感じかな。まてよ、女の子だから、きっと杖に鈴をつけて、かわいくしているかも。つうことは、ノックの音には鈴の音も加えたほうがいいかな」なんてやっていると時間がかかる〜

そりゃそうですね。で、待たされた結果、グッド・ミュージックであり、30年以上経った今でもグッド・オールディーズです。未聴のかたは、ぜひとも聴いてみてください。

ちなみに、「A LONG VACATION」と「EACH TIME」、どちらが好きかで当時結構、友達たちと議論しました。
う〜ん、個人的には「EACH TIME」かなあ。「1969年のドラッグレース」が好きすぎて。。

いずれにせよ、大滝サウンドは、永遠に不滅なのだ。大瀧さんが旅立ったとしても、音楽は死なず。

タグ:ロック
posted by yoshi at 15:45 | 80年代:ロック

わ:Y.M.O【わい・えむ・おー】

イエロー・マジック・オーケストラを略して、Y・M・O。

細野晴臣さん、高橋幸宏さん、坂本龍一教授の3人組でした。
今では死語なのかもしれませんが「テクノポップ」なんていわれてましたね。

デビューは70年代終盤だったと思うのですが、われわれが、圧倒的に影響を受けたのは、80年代前半(だったと思いますが)、ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー、増殖そして、ちょい暗めはでBGMでした。

中学生のころ、女子はオフコースにしびれ、男子はYMOに狂喜したといったとこです。

もちろん、音楽もすばらしいのですが、「テクノカット」とか、たまに「ひょうきん族」に出ちゃったりとか、矢野あっこちゃんの「春咲小紅」のバック(?)をやってたりとか、好き勝手な感じ(価値基準のゆらぎ)の姿勢も込みで好きでした。

あと、僕が言うことではないのかも知れませんが。坂本教授のトンでもない才能や、晴臣さんのバンド編集能力に目がいきますが、実は幸宏さんのボーカル力、絶品。まあY・M・Oはインストバンド(?)だと言われればそれまでですが、例えば後年の幸宏さんの「A DAY IN THE NEXT LIFE」などでのナイーブなボーカルは、やはりひとつの極みだと思います。

Y・M・O。ときどきの復活を楽しみにしてます〜。

う〜んとYMOから1枚といえば、増殖。かな。


追記:さすがに「を」と「ん」は、パスします。やった〜。とりあえず一周しました。こっからは、好きな字でいきます。歯抜けもでますよ〜。
タグ:ロック
posted by yoshi at 13:54 | 80年代:ロック

ぬ:ヌードマン【ぬーどまん】

サザンオールスターズの82年に出ました5枚目のアルバムですね。

先日、会社の先輩と後輩5人でカラオケに行きまして。「サザンしばり」で5時間熱唱してきました。ばかですね〜。僕は、お酒が飲めるのでまだしも、先輩はアルコールだめでして、延々、ウーロン茶でした。

で、そのとき、議論になったのがサザンの(思い出の)ベストアルバムは?でして。

僕「『KAMAKURA』」でっす」
先輩「『NUDE MAN』だろ」

やっぱ、この頃の2〜3歳の誤差が人生大きいと思いました。。ちなみに、僕としては、KAMAKURAに思い入れがありまして、KAMAKURAが出たあとのライブにも出かけました。KAMAKURA TO SENNEGALと銘打って、TOURE KUNDAというセネガル(というかフランス)のバンドと対バンライブでした、西武球場。サザンとしても、初の2枚組だったし、ビートルズで言えば、ホワイトアルバム的な位置づけだと、思うのですが。

いえ、先輩。もちろん、「ヌードマン」もいいっす。

夏をあきらめて
匂艶(にじいろ)THE NIGHT CLUB
逢いたさ見たさ病める My Mind
Oh! クラウディア

はい。先輩。名曲が入ってます。
はい。先輩。ジャケットも秀逸です。裸の男性がが海に飛び込んでお尻もあらわといったジャケットでしたね。ちなみに、この当時は、シングルの「チャコの海岸物語」が売れてたのですが、この曲はシングルのみなんですね。
桑田さんと原坊の結婚のころにもかぶりますし。
はい。先輩。こうやって見てくるとサザンのベストの気がしてきます。


タグ:ロック
posted by yoshi at 22:25 | 80年代:ロック

そ:そして僕は途方に暮れる【そしてぼくはとほうにくれる】

そ、そ、「そ」ねぇ。。ネタが切れてきたなあ。途方にくれちゃう、ってそうだ「そして僕は途方に暮れる」だ。って、ちょっと強引だったですね。。すみません。

というわけで大沢誉志幸さんの1985年リリースの曲です。今になって思えばファンクの色が強いですよね。顔も結構、濃かったですね。その後、岡村靖幸さんやスガシカオさんに脈々と続く感じでしょうかね。「そして僕は途方に暮れる」は、そうそう、日清カップヌードルのCMで使われてたかな。日清カップヌードルって、結構、いい曲使いますよね。このシングルも、まだレコードで買ったかな、CDだったかな。いや、僕、買ってなくて友達にダビングしてもらったんだ。どうでもいい過去です。。

さてさて、大沢誉志幸さんは、作曲家としても、奇才で沢田研二さんの「おまえにチェックイン」とか「晴れのちBLUE BOY」。中森明菜の「1/2の神話」吉川晃司「ラヴィアンローズ」 鈴木雅之リーダーの「ガラス越しに消えた夏」どれも、いいです。しぶいです。あの時代に「BLUE BOY」ですから。 えっと敬語に意味はないです。なんとなくです。




あと、銀色夏生とのコンビもかっこ良かったですね。銀色さんは作詞家というか作詞家というか、当時、一連の角川文庫から出ていたおしゃれ詩集(エッセイ集??)は、なんとなく気の利いた女の子が持っていたおしゃれなアイテムでしたね。「わかりやすい恋」とか、森高が写真のモデルでちょーかわいかった。
タグ:ヒット曲
posted by yoshi at 21:06 | 80年代:ロック

さ:佐野元春【さのもとはる】

小林克也さんが、MTVを媒介にして、僕に洋楽、ポップカルチャーを紹介したのに対し、佐野元春さんは、自身の音楽で、あるいは、NHKFMの「サウンド・ストリート」のDJとして、僕に、ロック、ポップス、R&B、詩、、さまざまなサブカルチャーを紹介してくれました。

今まで、テレビの「ザ・ベストテン」で歌謡曲(まだJ−POPなんて言葉もなかった)を聞いていた僕が、中学に入り、友達の紹介で、「サウンド・ストリート」のドアを恐る恐るコンコンとノックすると、元春が、「やあ、元気かい?入りなよ」という感じで暖かく迎え入れてくれ、「ほら、こんな音楽もあるよ」と古今東西の名曲たちを聴かせてくれたのです。

そして、照れくさそうに「僕も、こんな音楽を作っているんだよ」と紹介してくれたアルバムが、「バック・トゥ・ザ・ストリート」「Heart Beat」であり「SOMEDAY」でした。

余談ですが、あの頃の「サウンドストリート」は最強メンバーぞろいでした。あ、「サウンドストリート」っていうのはNHKFMで毎晩10時からやっている音楽番組で。DJが月曜、元春。う〜んと、曜日はウルオボエですが、坂本教授。甲斐さん。渋谷陽一さんもいたよね。あと、「サイズ」の松浦さんとか。達郎さんもやってたよね。いやー、良質!

元春は、途中、ニューヨークに行くのですが、「サウンドストリート」はNYから続けてましたよね。ニューヨークの動物園(?)で羊だかヤギだかにインタビューして「何も答えてくれません」とか、結構、お茶目でした。


タグ:ロック
posted by yoshi at 19:40 | 80年代:ロック

あ:RCサクセション【あーるしー・さくせしょん】

RCサクセションのデビューは70年代ですが、僕がRCサクセションを知ったのは、忌野清志郎と坂本教授の「いけないルージュマジック」以降でしょうか、82年ごろ。RCサクセションとしては、「サマーツアー」が出た頃だったと思います。しびれたのが、「夜のヒットスタジオでガム噛みながら出てきて、お茶の間の皆様から抗議殺到」事件!かっこいいよなあ。ライブも通いました。あの頃は、清志郎の化粧を見て、「パンク??」なんて解釈もあったけど、日本で最高のロックバンド(のひとつ)ではないでしょうか。

夏に野外(サイコーだったのが86年の日比谷野音!)、クリスマスごろに武道館。ちなみに、これがチケットです(物持ち良し!)。まさにキング オブ ライブでしたね〜。

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90年に入るとRCサクセションは活動停止になっていくので、80年代のバンドと言っていいですよね。うーむ、いまだに「BEAT POPS」「OK」「THE KING OF LIVE」「FEEL SO BAD」を聞いています。

RCの一枚を挙げろといわれると難しいのですが、ライブ盤かな。「THE KING OF LIVE」。




PS.この記事を書いてのち、清志郎は、銀河ツアーに旅立ちました。凱旋ツアー、まってます!!
タグ:ロック
posted by yoshi at 19:09 | 80年代:ロック
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