80年代:タレント 80年代少年



ち:千倉真理【ちくらまり】

文化放送の深夜放送「ミスDJリクエストパレード」の水曜日担当(のちに金曜日担当)、「千倉真理ですっ!やるっきゃないわよ!」いやあ、ほんと聞いたなあ。

80年代初頭の深夜ラジオは、ニッポン放送が「オールナイトニッポン」、文化放送が「セイヤング」、TBSラジオは「パックインミュージック」。そんな中、文化放送が長寿番組である「セイヤング」に代えて送り出したのが「ミスDJリクエストパレード」でした。

世の中の女子大生ブームをよく「オールナイトフジ」から、という人もいますが、個人的にはその夜明け前である「ミスDJリクエストパレード」こそがブームを生んだんだという思います。そして、ラジオだからこそ、顔を見えない分だけ、パーソナリティとリスナーが繋がっている感じがしました。

さて、そのミスDJリクエストパレード。川島なおみ(!)、松本伊代(!!)などの芸能人系女子大生も歴代のパーソナリティにいましたが、千倉真理さんは生粋の女子大生。そしてラジオ発という人でした。

ちょっとハイトーンでシャキシャキした声。「やるっきゅない」は土井たか子さんのはるか前に千倉真理さんによって発声されたのでした。


posted by yoshi at 20:04 | 80年代:タレント

う:ウガンダ・トラ【うがんだ・とら】

80年代冒頭は、グッチ裕三さんやモト冬樹さんの「ビジーフォー」で、そして80年代中盤の「ビジーフォー」以降では、ふくよかなタレントとして活躍いたしました。

えい、思い切って言ってしまえ、デブキャラの走りであろう。

つまり、、

ふくよかな人キャラとしては、例えば南伸介先生(何しろ笑点の司会ですから)、あるいは西で言えば藤山寛美師匠など、大御所が揃っています。その後続として、高木ブーさんを位置づけるところまでは可能でしょう。

で、ここではっきりと「デブ」ということ、そしてその体形はどうやら食べるということと密接なつながりがあるということを体現したのがウガンダ・トラさんではないだろうか。

言ってみれば、「デブキャラ」認知の祖であると同時に、「ふくよかキャラ」の中興の祖でもあるのである。

何しろ、「カレーライスは飲み物である」というデブ社会にとっては20世紀最大の名言を発した方である。今こそ、再評価が必要であろう。

そして、もうひとつ。「つ」の項でも述べたが、たしかウガンダ氏もフジテレビ「オレたちひょうきん族」のピヨコ隊に属していたはずである。すさまじい先見の明。。
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posted by yoshi at 16:09 | 80年代:タレント

や:山田邦子【やまだくにこ】

「笑っている場合ですよ!」の「お笑い君こそスターだ!」に出演して、チャンピオンになりました。お笑いブームの中で成功した(ほぼ)唯一のピン女性芸(能)人ではないでしょうか。

NHKの好感度調査でも、88年から95年まで連続1位を独占したほどです。あるいは、「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」なんて冠番組もやってましたから、ある意味、後のバラドルへの道筋を作ったとも言えます。

他方、90年代半ば以降は、少なくともテレビの分野での大きな活躍というのはなくなってきています。。時々、NHK教育テレビやTBSの「オールスター感謝祭」でお見かけしますが。

ここで、ゴージャスVSシンプルというキーワードで考えて見ますと。
例えば、山田邦子さんをゴージャスとした場合、清水ミチコさんはシンプルな方にカテゴライズ可能でしょうか。あるいは、シンプル黒木瞳さんの永続的な人気とか。卑近な例で言えば、特異な業界(胸業界です)にいるにもかかわらず、シンプルな小池栄子さんの活躍と、ゴージャスが「おばさん化」に向き始めた山田まりあさんとか。女性に限らないのかもしれませんが、ゴージャスの場合、「おばさん化」の速度が早くなり、その分、ちょっと見ている側がつらくなる、というのがあるのかもしれませんね。

さらに言えば、自身のゴージャス体質を認識した上で、教育テレビ方面に舵をきったとすれば、山田邦子さんの戦略勝ちということになります。
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posted by yoshi at 13:43 | 80年代:タレント

も:森田一義【もりたかずよし】

で、この人も、80年代から今日まで、ず〜っと現役ですよね。偉大です。丈夫です。

「笑っていいとも」って1982年からやってるんですから、もう25年以上。大変だなあ。増刊号だってあるし、特大号だってあるし。。

個人的には、当然断然「タモリ倶楽部」、です。これも1982年からなんですね。個人的な「空耳」ベスト1は、数年前にアワードでも表彰されてましたマイケルジャクソンのある曲(なんの曲か、正解は本項ラストにて)のイントロ部分の空耳「パン!茶!宿直!」というやつ。あ〜、絵がないと説明が難しい。
マイケルジャクソンの激しいビート(う、死語?)に対し、菓子パンの絵で「パン!」湯のみで「チャ!」引きの絵で宿直のおじいさんが立っていて「シュクチョク!」。。おもしろかったんだってば!!

え、えっと。タモリさんに話を戻して。。
あと、「今夜は最高!」。えっと土曜の23時の日テレでしたから、そうか「恋のから騒ぎ」の枠なんだなあ。もっと遅い時間の印象があるんですが、それだけ夜が早かったっつうことかな。

この番組、コントがあって音楽があって、タモリ氏の趣味でかなり何ていうかジャズっぽいテイストがあって。タモリ氏も、タキシードだったし。結構、おしゃれでした。今でいうと「きよしとこの夜」かな。ちょっと違うか。

タモリさんの番組も長寿ですね。「笑っていいとも」「タモリ倶楽部」が1982年から。なにげに「ミュージックステーション」だって、1986年からですよ。そりゃ、「いいとも」おわるってよ、ってあれだけ話題になるわけですよね。

なんか、あんまり力を入れずに、毎日・毎回やっているってタモリさんの脱力感が継続を生んでいるのでしょうかね。

マイケルの曲、スムーズ・クリミナルです。BADの10曲目に入ってます。なんとかチューブにもあるとおもいますよ。確認確認。
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posted by yoshi at 21:07 | 80年代:タレント

ひ:ビートたけし【びーとたけし】

もちろん、ビートだけしさんは現時点でも、映画監督として、タレントとして大活躍中でございます。でも、個人的には80年代のたけしさん、特にオールナイト・ニッポンの「殿」が好きでした。

1981年の1月1日から1990年の12月末まで、まさに80年代の木曜深夜は「殿」のために、「殿」と共にあったのでした。(途中、フライデー事件で86年に半年お休みがありましたが)

81年の第一声は、「初春や 餅で押し出す 二年ぐそ」ではなったでしょうか。
まだ実家に帰ると、当時の録音テープが300本くらいあるんじゃないかなあ。う〜んと、僕は前期(の後半)から中期くらいに思い入れが強くて、「ケーシー高峰コーナー」とか。ハガキ職人なんて言葉も、こっからじゃないでしょうか。

80年代の「殿」は、「戦場のメリークリスマス」に出たり、もちろんテレビでも「HOWマッチ」や「たけし城」やら、もちろん「ひょうきん族」やら出まくってましたが、そこでの裏話なんかを、ぜんぶオールナイトでやってくれてました。高倉健さんとの映画での競演やら、大橋巨泉さんとのゴルフ話やら。「戦メリ」で、大島渚監督が、トカゲにキューを出してたとか。おなじく「戦メリ」のロケで、南の島(たしかラロトンガ島とかいいましたか)にカンズメになっていたとき、差し入れの和食(冷凍うなぎだったか)に坂本龍一(教授)が涙したとか。。あ〜、なつかし。。
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posted by yoshi at 11:42 | 80年代:タレント

つ:鶴ちゃん【つるちゃん】

片岡鶴太郎さんの愛称です。

もちろん、現在も素敵な俳優・タレントさんですが、80年代の鶴ちゃん、好きでした。初期の初期、僕が鶴ちゃんを知ったのは、『ビートたけしのオールナイトニッポン』の1コーナーで「鶴太郎の部屋」。まだまだたけし軍団なんてなくて、単に太田プロの後輩芸人の鶴ちゃんが出ていたという感じでしょうか。台風の日に、ニッポン放送の屋上から深夜レポートとかやってたなあ。

その後、『オレたちひょうきん族』でマッチの物まね、あるいは、年老いた老人(鶴ちゃん)が貧乏布団で寝ていて、熱っいおでんを無理やり食べさせられて、ほき出す(吐き出すではなくて、あくまで「ほき出す」というニュアンス)というコント。このシチュエーションは、いわゆる「おっとっつあん、おかゆが出来たよ」というハナ肇さんへのリスペクトなんでしょうかね。

で、その後の『オールナイトフジ』や夕ニャンの司会ですし、男女七人、ボクサー挑戦あたりまでが、80年代ですね。元春作詞作曲で「looking for a fight」も歌ってました。ちなみにこの曲、元春も何故か好きで当時ライブで歌ってた気がします。

近年では、性格俳優でかつ画家というイメージが強いですね。でも、くどいようですが、ピヨコ隊隊長の鶴ちゃんが好きです。 「う〜、ぴ、ぴ、ピヨコちゃんだ、あひるが、ガーガー!」
タグ:タレント
posted by yoshi at 20:38 | 80年代:タレント

ち:チャック・ウイルソン【ちゃっく・ういるそん】

「け」の欄で前フリしましたが、「世界まるごとHOWマッチ」の外国人枠、ケント・ギルバートさんとの裏表・隔週回答者が、チャック・ウイルソンさんでした。

彼はスポーツインストラクターにして、実は実は日本にエアロビを紹介した人だそうです。柔道5段だそうです。体、でかいしな。

「HOWマッチ」では、値段を低め設定する傾向があって、巨泉さんからから「ケチャック」とか言われてました。

ケント・ギルバートさんが文系(弁護士)であるのに対してチャック・ウイルソンさんが体育会系(スポーツインストラクター)という、絶妙なコンビ設定ですね。恐るべし大橋巨泉!

チャック・ウイルソンさんですが、島田紳助さん・島崎和歌子さん司会の「オールスター感謝祭」の初期の頃は、藤原組長と相撲対決で因縁めいた戦いを毎度繰り広げてましたよね。

チャックさんのタレントとしての事務所ページには、主な出演番組に「オールスター感謝祭」かっこして(相撲コーナー)と書いてありました。クイズも解いていたはずですよね。。か、体、でかいしなあ。

何かの対談番組か雑誌のインタビューだったか。とにかく、チャックさん、健康おたくというか前向き。タバコも、肺がんの写真を壁中にはって、気合でやめたとか言ってたと思います。体もでかいしなあ。
posted by yoshi at 17:21 | 80年代:タレント

せ:千昌夫&浜田朱里【せんまさお あんど はまだじゅり】

えっと、「せ」の欄、ネタないですね〜。なんかないかな〜。え〜っと。そうそう。

当時の鶴光の「オールナイト・ニッポン」からの下ネタをひとつ。ゲストで浜田朱里が出ていたとき、

鶴光「おまんは、千昌夫と結婚したらあかんでぇ〜」

浜田「なんで??なんで??」

鶴光「嫁に行って苗字が千になったら【せんじゅり(=せんずり)】やんかぁ!!」

金曜の深夜、布団の中でお腹引きつるほど笑いました。声を殺して。

ちなみに、浜田朱里さんは当時のアイドルで、結構つやっぽくて好きでした。う〜んと、山口百恵さんの宴の後で、松田聖子の前夜という感じで、後世に残るというのではないのですが。。へへ、個人的な思い出です。新宿マイシティの5階にあったレコード屋さんでサイン会があり、握手してもらいました。手がしっとりしてました。。こんな方です。


さてさて、鶴光さんの「オールナイトニッポン」は、僕のオールナイト生活の初期の初期。金曜深夜だから聞けました。さすがに、中学生になりたてのころ、平日の「オールナイト・ニッポン」を聞くのは気合が必要でした。今と違い、当時の子供はよく寝たもんです。

といいつつ、その後、平日のある曜日にも聞くようになるのですが、それは、また「ひ」の欄までお待ちください。もちろん、あのお方です。
タグ:お笑い
posted by yoshi at 19:23 | 80年代:タレント

こ:小林克也【こばやしかつや】

ご存知、「ベストヒットUSA」のDJ。

やっぱ、この番組は、魅力的だったよなあ。あのアルバムジャケットがパタパタと倒れていくオープニング、小林克也さんの的確な解説とMTVの紹介。そして「タイムマシ〜ン」のコーナーで70年代あたりの洋楽紹介。インタビューのコーナーもよかったし。

この間、ANAに乗ったら、やってました「ベストヒット・USA」。時差ぼけ解消のため、寝なきゃと思いつつ、じっくり見ちゃいました。
現在も、BSとかでやってますよね。



小林克也さんといえば、もうひとつ、『スネークマンショー』!!
最近、CDで買いなおしました。


「急いで口で吸え!」とか「だあれー」とか。すみません、分からない人には、まったく分からないですよね〜。「たんつぼ小僧」とか、「ポール(マッカートニー)にサインさせる警察」とか。。すみません、まったく分からないですよね。。
YMOの『増殖』でもコラボしてましたね。

そうそう、「小林克也&ザ・ナンバーワン・バンド」のCD「もも」も買っちゃいました。かっちょい〜。桑田さん、世良さん、春臣さん、タモリさん、はましょーさん、竹中さん?、清志郎(絶品!!)とにかくいろんな人が、ちょこっとづつ唄う1曲目とか、最高かっこいいです。
タグ:タレント
posted by yoshi at 19:06 | 80年代:タレント

け:ケント・ギルバート【けんと・ぎるばーと】

83年から始まった「世界まるごとHOWマッチ」の隔週回答者ですね。他に職業(弁護士)を持っていて、かつ外国人タレントであるという、ある種マルチタレント的にテレビに出る人の走りだったのではないでしょうか。ケント・ギルバート外語学院もやってますね。
(ちなみに隔週でのもう一人の外国人回答者は、「ち」の欄までお待ち下さい。。)

このかた、敬虔なモルモン教徒(なにしろ、ユタ州のご出身ですから)でしたので、番組中に試食したお菓子の中に、お酒が入ってて、「やばいやばい」って言っていたのを覚えております。

それにしても大橋巨泉さん(とそのチーム)の番組制作戦略ってすごいですよね。
「クイズ・ダービー」の「1枠ゲスト、2枠竹下景子、3枠はらたいら(合掌)、4枠長山藍子、5枠篠沢教授」といい、「HOWマッチ」の「たけし、ヘイちゃん、外国人」といい。
番組企画を練り上げた挙句に長寿番組にしていくという考え方。「HOWマッチ」も1990年まで続きましたし。ちなみに「HOWマッチ」のナレーションって、小倉さんでしたね。これで、ブレイクしたと覚えております。
タグ:タレント
posted by yoshi at 21:55 | 80年代:タレント
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